信州小諸一帯が昔から味噌の宝庫と言われてきた理由は、浅間山麓の澄んだ空気と水、四季の気温が変化に富んでいること、そして原料となる良質の大豆や米の産地であったことがあげられます。信州(山吹)味噌は300年もの間、こうした恵まれた環境の中で「醸造とは芸術である」を信条に味噌造りを続けてきました。仕込みには300年の伝統によって蓄積された技法と技術を駆使、さらに長期熟成して高品質の味噌を造っています。信州味噌では、戦前から味噌造りには最高とされていた「白眉」という品種の大豆を十数年間かけて復活させ、少しずつ契約栽培面積を広げてきました。今では信州味噌にとって欠かせない存在となっています。